We Are Not Alone 3

自分ではまるで自己満足に過ぎないと思ってることでも、人に喜ばれてることだってある。もちろん逆のことだってたくさんあるのだけど、俺は今までその「逆」ばっかり考えていたのかもしれない。自分ばっかり頑張ってるつもりで、その実相手に迷惑だと思われるんじゃないか、嫌がられてるんじゃないか、と。今、俺が持っている、久寿川先輩を応援したいという気持ちは本物だ。だから、先輩だって失敗ばかりの俺のことをちょっとだけでも認めてくれてるのかも。
そんなことを考えながら生徒会室に向かった俺は、妙な光景を目にした。
生徒会室の前で、部屋にも入らないで久寿川先輩が立っている。いや、あれは立っているというか硬直してる。
気になって俺は先輩のところまで駆け寄った。
「先輩、どうしたんですか?」
固まっていた久寿川先輩は、俺の声にびくっと背中をすくませて振り返った。
「あ、ああ、河野さん……」
オレの顔を見て、先輩はほうっと安堵の溜め息をつく。
「ドアの前で何してるんですか? 中に入らないで」
「あ、あのね、河野さん」
先輩は怯えた表情で呟くように訴えた。
「鍵がね、開いてるの。出る時にしっかり鍵はかけたのに」
「鍵が?」
先輩は部屋を離れる時に施錠を忘れるようなことはない。ということは、俺達がいない間に誰かが鍵を開けたということだ。
「中に誰かいるのかしら……」
「そうですね……」
生徒会長が不在の隙に生徒会室に入り込むとは、泥棒か、現体制転覆を狙うテロリストか。
俺達は顔を見合わせた。
「分かりました。私が様子を見ます。これも生徒会長の仕事です」
冷徹な生徒会長モードに入った先輩がそう言うが、もちろんそんなことはさせられない。大体それは絶対に生徒会長の仕事じゃない。
「俺が行きますよ。もし危ない奴でも潜んでたら大変だから。女の子にそんなことはさせられないですよ」
「え、でも」
「いいからいいから。先輩はここで待っていてください」
俺はちょっと強引に先輩を押しとどめて扉に手をかけた。そして一気に引き開ける!
「……あれ」
生徒会室には誰もいなかった。電気も消えているし、俺と先輩の鞄もそのまま置いてある。しかし俺はすぐに異常を発見した。
「なんだこりゃ」
机の上に、食べ散らかしたポテトチップの袋とコーラのペットボトルがある。俺はここで最近こんなものを食べた覚えはないし、先輩はそもそもコーラを飲めない。やはり誰かここに入ったらしい。
「河野さん?」
久寿川先輩は俺の背中に張り付いたまま、不安げに尋ねた。背中に当たる感触が心地いいが、残念ながら今はそれを楽しんでいる場合ではない。
「やっぱり誰かここにいたみたいですね」
「ええっ?!」
先輩が小さな叫び声をあげたその時、ロッカーが大きな音を立てて開き、中から何かが転げ出てきた。
「うわっ」
「きゃ?!」
その「何か」は白い布を被った人間に見えた。腹の辺りに墨で書いてある文字は「諸法無我」。
なんだこりゃ、と思う間もなくソレは両手 (?) を上げて口を開いた。
「悪い子はいねえがぁあ!」
………………………。
俺は一つ大きく息を吐いてから先輩に向き直る。
「なにもないみたいです」
先輩も大きな目をぱちくりと瞬かせて、状況を理解したようで苦笑を浮かべた。
「そ、そうね。勘違いだったのかしら」
二人で改めて大きな溜め息をついてから生徒会室に入り、俺は机の上のゴミを不燃物のごみ箱に放り込んだ。
その時。
「なんだよなんだよ〜。華麗にスルーで絶賛放置プレー中かよ〜。人類との共生を望む知性派なんだぞ〜。消防署の方からきたんだぞ〜」
じたばたじたばたとソレが暴れだした。言っていることは1ミリも意味がわからないが、意図は丸見えだ。構って欲しいのだ、コレは。
「何やってるんですか」
俺はソレに向き直り、しかたなくその名を呼んだ。
「まーりゃん先輩」

そのままソレの頭頂部をがしっと掴み布を引き抜くと、案の定まーりゃん先輩が現れる。もっとも、こんな頭の悪いというかお脳に悪い病気を持ってそうな行動に出る存在は銀河連邦広しといえどもこの人だけなのだが。
「よっ、ひさしぶり。らぶりーまーりゃんの肉体が忘れられなくて毎晩白い涙を迸らせてたかね、たかりゃん」
相変らずこの人は自分がうら若き乙女だということが理解できていないらしい。
「なんですか一体。卒業したはずなのに制服まで着て、ここで何やってるんですか」
卒業前と変わらない制服姿でにへらと笑っているまーりゃん先輩。まったく、あの大騒ぎの終業式の感動はなんだったんだろう。
「いや、これは制服じゃないぞ。偽物だ。マフラーの色が違うし」
「制服にマフラーはついてません」
「ま、この服装はあたしの精神性の象徴だとでも考えてくれたまへ。細かいことを気にすると世界同時革命は起こせないぞ」
「そんなもん起こそうとするとメキシコあたりに亡命した揚げ句暗殺されそうです」
その服装のどこが細かいことなのかと突っ込みたいが、突っ込んだところでこっちの精神力ゲージが削られるだけなので話を変える。
「で、結局何しに来たんですか」
それが最大の問題である。
「ん、見物」
「見物?」
「そう見物。仏を見るんじゃないぞ」
「分かってますけど、何の見物ですか」
「だから儀式」
儀式? 子供のころ飼ってた犬の霊でも呼び出すのか?
「さーりゃんがたかりゃんにロザリオを渡すって言うから見にきたの」
「ロザリオ?」
なんだか単語を聞き返すだけなのが空しい。
「あ、たかりゃんはオスだからロザリオよりさーりゃん自身を授与するのかな〜。『ささらのいやらしいおっぱい、カプッとしてぇ』とかとか」
「久寿川先輩はそんなこと言いません!」
何を言うんだろうこの人は。案の定久寿川先輩は蒸気を噴きそうなほど真っ赤な顔で俯いてしまった。
「いや、さーりゃんなら言うね。絶対言う」
「なんですかその確信の根拠は」
「そのうち分かる」
はぁ。どっちみち俺の精神力ゲージは削られる運命だったか。
「だから儀式ってなんですか」
「うん、だからさーりゃんがたかりゃんを副会長に指名するっていうから、どんなラブラブで甘酸っぱくてむずがゆい青春の1ページが繰り広げられてるか見物に来た」
は? まーりゃん先輩もか。
「まーりゃん先輩も新聞見たんですか」
しかし、まーりゃん先輩の回答はちょっと意外なものだった。
「新聞? うち新聞取ってないから知らない」
「いや、その新聞じゃないんですけど。じゃあどこでその話を」
「うん。さーりゃんに聞いたから」
「へ?」
「さーりゃんがねぇ、昨夜うちに電話してきたの。でも電話とっても何にも言わないから無言電話かと思って切っちゃったんだけどね。そしたらまたかかってくるから、今度はパンツの色でも聞いてくるんだと思って先制攻撃で『どんなパンツはいてるの?』って聞いてみたら『……白』って。それでさんざん言葉責めしてたらその相手が実はさーりゃんだったんだよねー」
うわーうわー、何してるんだこの人は。……久寿川先輩、白か。じゃなくて。
「何の話ですかっ!」
「え、たかりゃん、言葉責めの内容聞きたい? あのねぇ」
「違いますっ! 久寿川先輩の電話の話ですよ」
「ああうん、だからたかりゃんを副会長に指名したいっていう相談」
え? 久寿川先輩が俺を?
「さーりゃんねえ、たかりゃんを副会長にしたいんだけど、迷惑じゃないかとか、困らせるんじゃないかとか、毎晩たかりゃんのことを思っていやらしいお汁出してるコなんて嫌じゃないかとかぐずぐず言ってて」
「最後のは絶対違うでしょう!」
「だからね、たかりゃんはもうさーりゃんにメロメロのらぶらぶうぉんちゅ〜だから絶対副会長を引き受けるって言ったんだけど」
俺は久寿川先輩の方を見る。先輩は相変らず赤い顔をして俯いてしまって、握りしめた手は震えている。
でも、本当に先輩は俺に副会長になって欲しいのか? まーりゃん先輩もそういうことで嘘を言う人じゃないのは分かってる。じゃあ、今まで直接言ってこなかったのは、俺が迷惑がって断ると思ってたってことか。
「この調子じゃまだたかりゃんにはっきり言ってないみたいね。さーりゃん、言っちゃいなよぐいぐいっと。たかりゃん見るからにやる気満々だから」
そうか。まーりゃん先輩は、引っ込み思案の久寿川先輩の背中を押しに来たんだ。見物なんて言ってたのはこの人なりの照れ隠しだったんだろうな。
頭の中のピースがかちっとはまる。資格なんて俺が考えることじゃない。望まれるなら、俺にできることはそれに応えることだけだ。
俺は先輩に向き直って言った。
「先輩、俺……」
久寿川先輩がびくっと顔を上げた。不安そうな瞳が揺れている。
「河野さん、あの……」
その先輩の言葉を遮って俺は言う。
「先輩、俺、副会長やりたいです。俺じゃだめですか?」
その言葉は、自分で思っていたよりずっと簡単に俺の口から流れ出た。
「え?」
久寿川先輩の瞳に驚愕が浮かぶ。
「で、でも河野さん、迷惑でしょう? 私なんかの……」
「迷惑なわけないです。俺、先輩と生徒会やるの楽しかったし、これからももっと楽しいことをしたいんです。俺が少しでも先輩の力になれるなら、なんでもします。だから、お願いします。俺を生徒会副会長にしてください!」
言ってしまった。一旦口に出してしまえば、本当に簡単なことだった。こんな簡単なことを今までできなかった俺は、本当にだめな奴だ。
俺は先輩の顔を見つめた。先輩の大きな瞳にはやがて決意の光が浮かび、そして花が綻ぶように微笑んだ。
「はい、お願いします。河野副会長」

(続く)

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