We Are Not Alone 2

始業式の間、俺が考えていたことといえば副会長の件だけだった。いや、副会長になることについて考えることは自動的に久寿川先輩のことを考えることにもなるのだが。校長の話なんか聞いちゃいない。校長は結構ユーモアのある人で、話がつまらないこともないんだけど、さすがにそれを聞いている余裕はなかったってわけだ。
「副会長か……」
自分が生徒会副会長。客観的に考えるなら、今生徒会の仕事をしているのは久寿川先輩と俺だけなのだから、先輩が生徒会長ってことはそれを補佐する俺が副会長であっても何もおかしくない。ただ、俺は久寿川先輩を応援したかっただけで、役職なんてモノに頭が回っていなかったのだ。
今までの学校生活を考えたって、実質のある役職なんて就いたことがない。中学の時に校内美化委員になったのと、この間の終業式の時にクラス委員のワンポイントリリーフをやっただけだ。責任とか義務とか、そういうのは適当に誤魔化しておいて気楽な学生生活を送るのが俺のやり方だったわけだし。
「でもなあ」
二人だけの生徒会。その構成メンバーが、生徒会長と単なる押しかけお手伝いっていうんじゃ、確かに収まりが悪い。先輩が生徒会長になってからずっと他の役職を指名しないで一人でいたのは、賑やかなのが苦手だったからだと思う。もしかしたらまーりゃん先輩とのことなんかもあって、人をそばに置いておきたくなかったのかもしれない。でも今の俺は、久寿川先輩の近くにいることを許されてるようにも思える。
二人で水族館に行って、ヤックで食事して、春休みに二人で仕事して。先輩は俺にいろんな顔を見せてくれた。怒ったり拗ねたり、なにより作り笑いじゃない笑顔を。俺が知っている久寿川ささらという人は、内気で、子供っぽくて、優しくて可愛らしい女の子だ。俺はそんな先輩の近くで先輩を応援して、みんなが先輩を好きになれるように、先輩が学校を楽しいって思えるようにしたい。それは俺の本心でもある。
問題は二つある。
一つは、これが一番大事なんだが、本当に先輩が俺を副会長に指名したのかということ。今のところ、学校新聞にそういう風に書いてあったということ以外根拠はない。雄二が言っていたみたいな、まず学校新聞にリークして外堀を埋めるというようなことを久寿川先輩がやるとはどうにも思えないのだ。もし久寿川先輩にそんなつもりがないのなら、俺が勝手に舞い上がったってバカみたいだし。
もう一つは、俺が生徒会副会長なんて要職にふさわしい人間かどうかだ。なにしろ俺のやっていることといえば、力仕事の肩代わりと、先輩がどうも俺のために作ってくれてる仕事をしてるくらいで、それもドジばっかりで余り役に立っているとも思えない。
「おっぱい触っちゃったり、LAN ケーブルで緊縛したりしちゃったしなあ」
思い出すだけで顔に血が上る。先輩、あんな可愛い顔してるのに、おっぱいは大きいし黒いショーツ穿いてるし、なんか色っぽいよなあ。
「バカバカ、何考えてるんだ」
こんな邪な気持ちを抱いてるんじゃ、なおさら副会長なんかにふさわしくない。俺なんかより戦力として有益な人材はいくらでもいる。ただ先輩を応援したいだけのスケベなバカじゃあ、公式に先輩を補佐する役職に就く資格なんかないじゃないか。
やっぱりダメだよな、俺。

「きりーつ」
暗い考えにとらわれてぼんやりしていたら、いつの間にか始業式も終わりだ。周囲の同級生ががたがたと席を立つので、俺も慌てて同じ行動を取る。
「河野くん」
後から声をかけられて振り向くと、委員長がいた。
「あ、うん、なに、小牧さん」
「片づけの指示を出してもらおうと思いまして。だめですよぉ、副会長がぼんやりしてちゃ」
委員長がちょっと悪戯っぽく笑う。
「小牧さんまで」
ちょっと頭が痛くなる。どうやら俺が生徒会副会長ってのは半ば既成事実化してるらしい。
「俺は別に副会長ってわけじゃないんだよ」
と反論してみると、委員長はちょっと意外そうな口ぶりで言った。
「そうなんですか? でも、生徒会長と河野くん、なんかいいコンビって感じだし、すっかりそう思っちゃってました」
「いいコンビ?」
「そうですよ。河野くん、優しくて気が利くから、生徒会長のサポートにはぴったりだなって。二人並んでるといい雰囲気で入り込めないって、みんな言ってますよぉ」
「そ、そうなんだ」
委員長が、子供が悪戯を成功させたみたいな顔で笑う。こっちはもう顔が真っ赤だ。
俺が優しくて気が利くって、委員長、そんな風に思ってくれてたんだ。
「で、でもさ、俺ドジばっかりで、久寿川先輩に迷惑かけてるんだ。俺なんかが副会長じゃ、先輩も困っちゃうよ」
照れ隠しにそんなことを言ってみたら、委員長は急に真面目な顔をした。
「河野くん、自分で気がついてないだけで、河野くんの優しさに助けられてる人は一杯いるんですよ。そんな風に自分を卑下するようなこと言っちゃだめです」
「え?」
「その、あ、あたしだって、河野くんのおかげで随分助かっちゃいましたし」
なぜか赤くなってどもる委員長。
「そうなの?」
「そうですよぉ、荷物持ってくれたり、書庫のことだって」
「どれも俺が勝手にやったことで、むしろ小牧さんに迷惑だったんじゃないかと思ってたけど」
「そんなことないですっ」
委員長は両手を握りしめている。
「河野くんに手伝ってもらって迷惑なんて、全然、これっぽっちも、まったくもって、ありません! ええ、かけらほども。ていうより、ずっとお手伝いして欲しいっていうか、一緒にお仕事したいっていうか、ああ全然そんな意味じゃなくて、ええと」
委員長は自分でも何を言ってるのかよく分からなくなったように話し続ける。俺はお腹の空いたハムスターみたいに必死な委員長の顔を見ていたら、すっと気分が楽になって、
「ありがとう小牧さん」
なんとなくお礼を言いたくなった。
「え」?
俺に礼を言われて、委員長は我に返る。
「なんで河野くんがお礼を言うんですか? あたしの方こそ、河野くんにたくさんお礼を言わなきゃいけないのに」
「いいんだ。小牧さんにありがとうって言いたい気分だから。気にしないでくれ」
かなり照れ臭い。
「そ、そういえば、書庫はどうなったの?」
話を変えてみた。
「ええと、年度初めはあたしも忙しくて、書庫はしばらくお休みです。ごめんなさい。……あ、でも河野くんも生徒会が忙しいんだし、気にしないでください」
確かに4月一杯くらいは生徒会もてんてこ舞いだろうな。でも、なんとなく申し訳ない。
「うん、俺の方こそごめんね。手が空いたらまたお手伝いするからさ、声かけてよ。迷惑じゃなかったら」
「だから迷惑じゃないって言ってますよぉ」
委員長がにっこりと笑う。
「ほら、河野くん、優しいじゃないですか」

続く

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